今日、Hotwired Japanで面白い記事を見つけた。MITの学生が開発した「メモリーグラス」 というデバイスに関する記事だ。「メモリーグラス」というのは、一言で言うと記憶補助装置のようなもので、PDAに接続された特殊なメガネに、記憶を呼び 覚ますヒントになる情報を表示するシステム。例えば、相手が誰なのかを思い出せないまま言葉を交わすような、気まずい出会い方をしてしまった場合、相手の 名前などを表示して記憶を呼び起こす手助けをしてくれる。
この記事を読み始めてまず思ったのは、このシステムではある点が非常に重要にな るだろうということ。それは、メガネをかけている人が今どんな記憶を必要としているかを、装置が如何にして判別するかという点である。もし、そうした判別 をしないで手当たり次第に記憶を呼び起こしていては、一日中思い出しまくりの状態であり、とてもじゃないがまともに生活できないだろう。
まぁ、ド素人の私ですら思いつくこのような問題点など、あのMITに通っている優秀な学生であれば、しっかり考慮しているはず。そう思って記事を読み進めると、しっかりと対策を練っていることが分かった。メモリーグラスでは、情報をサブリミナル的に 表示するらしい。記憶のヒントとなる情報は180分の1秒しか表示されず、メガネをかけている本人が直接その情報に気が付くことは無い。あくまで、サブリ ミナル効果で無意識に呼びかけることで、記憶を呼び出す手助けをするというのが、メモリーグラスのコンセプトのようである。
開発者は「つ けている人がどのような情報を必要とし、それをいつ知らなければならないかを正確に知ることなどできない。だからこそ、メッセージをサブリミナルなレベル に留めることが非常に重要なのだ。伝えた情報がそのときに役に立たなくても、本人が気づいていないのだからかまわない」と言っている。だがそれは、言い換 えれば、メガネをかけた本人がその時必要としている情報の選別は、装置ではなく無意識が行うということだ。しかも、たった180分の1秒しか情報は表示さ れない。それでも、無意識は必要な情報だけは着実にキャッチし、それを「記憶を呼び覚ます」という形で、本人の意識にフィードバックするのだ。必要な情報 とそうでない情報のフィルターとして働くだけでなく、それを基に、今必要とされているデータを過去の記憶の中から探し出す。しかも、そうした作業をほんの 一瞬で行ってしまう。全くもって、無意識のこうした働きは驚異としか言いようが無い。
情報フィルターとしての無意識の働きは、実は殆どの 人が普段から使っているものである。例えば、迷惑メール。最初のうちは間違って開いてしまうこともあるだろうが、ある程度慣れてくると、件名を見ただけで それが迷惑メールなのか分かるようになってくる。この迷惑メールの判別は、無意識が行っている作業だ。もちろん、迷惑メールには、ありがちなタイトルと いった何らかの傾向があるから、そうした情報を頼りに判別してはいる。しかし、初めて見た件名でも、「これは迷惑メールだな」と直感的に分かるのは、無意識があるからこそ成せる技だ。
納 得がいかないという方は、件名だけでそれが迷惑メールかどうか判別できる特徴を全てリストアップしてみて欲しい。ただその際、単に「卑猥な表現が使われて いる」とするのではなく、「卑猥な表現」というものも全てリストアップしなければならない。何となく卑猥と感じる、というのであれば、それは無意識的な判 別だからだ。もし、そうした条件を踏まえた上で、確実に迷惑メールかどうかを判別できるパターンを定義することに成功したら、その特許を取ることをお勧め する。間違い無く、1年ほどで長者番付に自分の名を載せることができるだろう。やはり、無意識の力は凄いのである。
だが、かくも 素晴らしい無意識は、今「意識」という名の癌に犯されている。最初は無意識の表層でしかなかった人の意識は、進化の中で必要以上に肥大した。そして、コン ピューターの登場により、私達の意識はさらなる肥大化を遂げようとしている。私がこの文章を書けたのも、あなたが今こうしてこの文章を読むことができるの も、コンピューターがあるから可能になったことである。だが、人の意識が行う作業の殆どは、生きていく上でさして必要なことではなく、時には生命体として の人にとって有害ですらある。もし、この文章を真夜中に読んでいるなどという方がいたら、こんなもの途中で投げ出して早く寝た方が、はるかに体に良い(か く言う私も、真夜中にこれを書いているのだが…)。とにかく、コンピューターという道具を手にした我々人類は、恐らく今まで以上にどうしようも無く無駄な 行為に時間を費やすようになるだろう。さらに、このまま生命体として存在するという人間の本質を離れ、意識からくる欲求に身を任せていては、いずれ無駄と 必要の基準も逆転してしまい、今度は生命体として存在すること、つまり体を維持するために必要な行為である、食事や睡眠といった行為を無駄に感じるように なる。そうなってしまう前に、今一度、無意識に耳を傾けてみてはどうだろう。自分という「人間」にとって、本当に有意義なものなのかどうか、その判断を確 実にこなせるのは意識ではなく無意識なのだから。
その第一歩として、私は「眠い」という無意識からの呼びかけに応えて、もう寝ることにします。

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