光には波長がある。そして同じ光でも、波長によって違う名で呼ばれる。私達にとって最も身近な光は、可視光と呼ばれる、目で見える光だ。可視光の波長は 400nm~800nm位。波長が長い光ほど赤く見え、逆に波長の短い光は紫に見える。しかし、可視光は光のごく一部でしかない。赤よりも波長の長い光は 「赤外線」、さらに波長が1m以上になると「電波」と呼ばれる。逆に、紫よりも波長の短い光は「紫外線」、波長が1nm以下になると「X線」、さらに短く なるとガンマ線と呼ばれる。私達は普段、可視光だけを意識しているが、このように電波も赤外線も紫外線も光なのである。そして、可視光以外の光で世界を見 ると、とても面白い。厳密には、可視光以外の光を可視光に変換する装置を通してということになる。例えば、よく映画にも登場する「ナイトスコープ」という 装置を使えば、赤外線で見ることができる。これは、その名の通り暗闇でも物が見えるというもの。他にも、「レントゲン」を使ってX線で見れば、体の骨格が 透けて見える。このように、可視光以外の光で見ると、世界は全く違う姿で見えてくるのである。
8月25日に打ち上げられた「スピッツァー望遠鏡」 は、そうした可視光以外の光、赤外線を使って宇宙を観測することができる。この望遠鏡が捉えた画像は、赤外線で捉えた物を人が認識できるように変換したも のなので、当然のことながら実際の色では無い。可視光で無い以上、人間の目にとっては完全に無色なのだから。それでも、神秘的であることに変わりは無い。 私達が直接目にすることが出来ない世界は、私達が直接見える世界とは全く違う姿をしている。しかも、そのような世界が幾つも混在しているのである。そして それは、光に限られた事では無く、音や匂いにも当てはまる。人間には聞こえない音や、人間には感知できない匂いがある。だが、そうした音が聞こえたり、匂 いを嗅ぎ分けたりできる動物がいる。逆に、人間に感知できる光では見えない動物もいる。もし、X線しか見えず、超音波しか聞こえない動物がいたら(実在す るのかもしれないが)、視聴覚系で捉えられる部分に関しては、彼らの世界と私達の世界は全く違う姿をしているだろう。しかし、それでも「同じ」世界なので ある。
世界とは、感知できる情報で構成されているわけではなく、そうした情報の源そのものだということを忘れてはならない。しかし、意識 というものは、情報を介さずに直接世界に触れることができない。言い換えれば、意識は情報にしか触れることができないのである。逆に、純粋に情報としてし か在り得ないもの、つまり「虚数」のように完全に概念的なものは、意識にしか触れることができない。だが、意識というものがこの世界に含まれる以上、そう した純粋に概念的な存在もこの世界に含まれる。言うなれば、意識とはそうした純概念を捉えることができる知覚の一つなのである。そして、異なる波長の光で 捉えた世界が違う姿をしているように、異なる意識で捉えた世界も違う姿をしている。同じ意識を持った他人など存在し得ないという事は(同じ意識を持ってい たら、それは同一人物である)、同じ「世界の姿」を共有している他人はいないという事だ。それでも、自分と他人が同じ「世界」に住んでいるという認識を持 つことができるのは、なんとも不思議だとは思わないだろうか。

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