Archive for the 海外から見た日本 Category

「水兵リーベ、僕の船」と言えば、元素の周期表の覚え方として有名なフレーズである。この先は覚えてないという人でも、この出だしの部分だけは記憶の片隅に残っているのではないだろうか。

さて、この日本一有名な水兵のリーベさん、自分がその名前を初めて聞いたのは、大学生になってからのことだった。ひょんなことから知り合った日本人の受験生 から聞いたのだが、その時受けた衝撃はとても大きいものだった。日本の学校では周期表を暗記する、それは自分にとってかなりの驚きだった。

自分は東京のフランス人学校の出身で、高校でもフランスのカリキュラムに則った授業を受けた。そこでは、 日本の教育同様、周期表についても学んだが、表の読み方や、そこに記載されたデータの意味を習いはすれど、まるごと暗記などしない。

日本の学校教育しか知らない方からすれば、逆に衝撃的かもしれないが、フランスの化学の試験では、試験中に周期表を見ることが許されている。むしろ、 黒板の上にデカデカと張ってある。その分、試験の内容も、周期表を覚えただけでは全く答えることのできないものばかりだ。例えば、「なぜ水素は第1周期 に属するのか説明せよ」といったもの。間違っても、「第1周期に属する元素は何か」なんて問題は出てこない。そんなもの、周期表を見ればすぐに分 かってしまう。

これは何も化学に限ったことではなく、フランスの学校教育では「知識」はあまり役に立たない。求められるのは記憶力ではなく理解力・考察力である。歴史の試験では、「フランス革命はいつ起こったか」といった質問がいくつも出るのでは無く、ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」の絵に添えて、「この絵画に描かれたフランス革命の背景を説明せよ」といった質問文が一つあるだけだったりする。

そんな教育を受けてきた自分にとって、水兵リーベの話は正に衝撃だった。そして、リーベ君の存在を自分に教えてくれた受験生さんは、他の科目でもそう いうのがあることを教えてくれ、その度に自分はツッコミを入れた。「ルート2は”ヒトヨヒトヨニヒトミゴロ”」と聞いて「計算機使使えないの!?」と驚き、 「泣くよウグイス平安京」と聞いて「8世紀後半じゃだめなの!?」とビックリした。

正直、日本の学校教育に関しては疑問に思うことが多々あり(素晴らしい面も多いけども)、今後もちょくちょく触れることがあるだろうが、特にこの「記 憶力に重きを置く方針」は理解できない。何時間もかけて周期表を丸暗記するよりも、同じ時間をかけてそれが意味するものを理解した方が、はるかに 有意義だと思う。何より、その方針では、歴史も化学も物理も、覚える内容が違うというだけで、記憶力を育てる授業でしかないのではないか。

IT、とりわけインターネットの爆発的な進歩により、今後ますます「理解の無い知識」は、その価値を失って行く。このままでは、日本の学校教育 は、単に不思議・不可解では済まされなくなってしまう。学生の学力低下が問題となっているようだが、その前に「学力とは何か」をもう一度見直すべき なのではないか、そんな気がしてならない。

朝寝坊してしまい、遅刻ギリギリの時間で会社に到着。エレベーターに飛び乗ると「閉」ボタンを連打する。こんな経験はないだろうか?連打しても閉まるス ピードは変わらないと知りつつも、なぜか連打してしまいますな、あのボタンは。さて、今回はそんなエレベーターの「閉」ボタンについて。

実はこのボタン、フランスのエレベーターには殆ど付いていない。「開」の方は、安全性の理由から無くてはならないものなので、もちろん付いているが、 「閉」ボタンの付いたエレベーターというのは、恐らく全体の1%にも満たないだろう(個人的には1度しか見たことがない)。フランス的観点からす ると、「閉」ボタンというものは別に要らないのである。

確かに、ちょっと考えてみれば分かることだが、「閉」ボタンってそんなに実用的なものではない。例え「閉」ボタンを押さずとも、どんなに長くとも 10秒もすればエレベーターの扉は閉まる。扉が開いてから、乗り込んで、行き先階のボタンを押してから「閉」ボタンを押すという一連の作業は、普通に すれば5秒くらいかかることを考えるると、「閉」ボタンを押すことで減らせる待ち時間というのは、実質5秒も無いのである。たった5秒を節約することに実用性が あるとは言い難い。

それでも、日本のエレベータにはそんな「閉」ボタンが標準装備されていて、かつ日本人はまず間違いなくそのボタンを使う。ほんの数秒の差しか無いの に、扉が自然に閉まるのを待つ人は殆どいない。日本に来たばかりの外国人や観光客から見れば、日本国民はせっかちだなぁという印象を持つだろう。

しかし、最初はそんな風に思っていても、しばらく日本に住んでいるうちに、みんな「閉」ボタンを使うようになる。そして、自分の国に帰って空港のエレ ベーターに乗り、そこで初めて「閉」ボタンの意義に気が付くのである。そう、実用的ではないにしても、あのボタンは「あるに超したことはない」ということに。

日本にはそういった「無くても困らないけど、あると便利」なものが溢れている。Suicaにしても、定期券が非接触型である必要はどこにもないけど、財 布から出さなくていいのは確かに便利だ。日本の携帯電話に付いている機能なんて、殆どが無くても困らないものばかり。でも、やっぱり無いよりは付いてい る方がいい。

日本人は、この「あるに超したことはない」物を作る能力がズバ抜けているように思うのである。

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